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壁紙の下

資料番号 № 0003

分け目

ロレイン・ハースが根元を染めに来るのは五週間に一度で、テッサはカルテを開かなくてもそれを知っていた。テールコームの鋼の尾で頭頂をなぞり、髪を左右に分けると、地肌のきわに白髪の帯が、ちょうど刻み三つぶんの幅でのぞく。刻みは、この店で迎えた最初の冬に、柄に小さなやすりで五ミリおきに入れたもので、それ以来、刻みひとつがおよそ十二日ぶんというのが彼女の目安になっていた。

テッサは鏡ごしにコームを見せて、「五週間、一日も違わない」と言った。

ロレインは笑って、シアトルの主治医なんかレントゲンを見たって年をこんなには当てられない、と言った。明日はセンテニアル・ホールで舞踏会があり、日曜には十九年続けて、ロシア将校の妻としてキャッスル・ヒルに登る。着るのは、まだ最初の夫と暮らしていたころ、歴史再現の愛好家向けの雑誌についていた型紙で縫ったドレスだ。今年アメリカ側の委員を誰がやるのかはまだ誰も知らず、沿岸警備隊の航空基地の中尉らしいという噂だった。アンカレッジの孫たちは今年も来ない。いちばん上の子にホッケーの大会があるのだという。薬剤を置いているあいだに、ロレインは、一八六七年、ここの人たちは金曜日に寝て、目を覚ましたらまた金曜日で、ただし十一日あとだったのだと話した。ロシアにはロシアの暦があり、アメリカにはアメリカの暦があって、その十一日ぶんの年金は、いまだに誰も払ってくれていない。

ドアの上のベルが鳴ったのは、ロレインがもうチェックの傘をさして窓の下を通り過ぎ、ドアが閉まってからだいぶたってからだった。テッサはベルを見上げ、ばねのことを考えて、金物屋で買うものを書きためている古いカルテの裏に、「アルミホイル」と「手袋M」の下へ「ベル」と書き足した。

その朝も毎朝のように、彼女は窓辺のピンセットを取り、光のほうへ首をかしげて、左のこめかみの白髪を抜こうとした。三十になるころから出はじめ、それからは週に二、三本ずつ生えてきていた白髪だった。こめかみは三週間続けて黒く、そろっていた。彼女はピンセットを持ったまましばらく立っていたが、やがてそれをコームを挿したコップに戻し、何かのCMソングを口ずさみながら店へ下りていった。

夜、彼女は明かりをつけない台所で、シアトル行きの便がジャポンスキー島を飛び立つ音を聞いた。轟音は橋の向こうで湧きあがり、海峡の上で長い時間をかけて消えていき、そのあいだずっと、彼女は窓辺に立っていた。二十二歳の十月、彼女にはキャピトル・ヒルのサロンに働き口が決まっていて、スマホには搭乗券が入っていた。オコンネル橋を渡り、空港の駐車場に車を入れ、エンジンを切らずに座ったまま、飛行機が滑走路へ出て空へ上がっていくのを見送ってから、車の向きを変えて帰り、みんなには母が発作を起こしたと言った。母はいまアリゾナに住んでいるが、起こしてもいないその発作のことをいまだに覚えていて、ときどき電話で、今度はシアトルを何年先に延ばしたのかと聞いてくる。

自分のカルテも、テッサは客のと同じようにつけていた。「T・リンドクイスト、5N、20vol、25分」、その下に四週間おきの日付が縦に並んでいる。最後は九月十日だった。十月八日の木曜には手が回らず、月曜もだめで、祭りが終わってからにしようと決めたのだった。いま彼女はその日付を二度読み返し、ありふれた木曜日のこと、雨、朝十時のパーマの客を思い出してから、手鏡を取り、ランプの下に座って、テールコームの尾で髪を分けた。染めた色の境目は地肌のすぐきわにあって、黒くまっすぐで、五週間前に自分で仕上げたときのままだった。テッサは、日付を書き間違えたのだ、染料が地肌にしみたのだ、疲れているのだと思うことにして、十時に寝た。

土曜の朝、彼女は金物屋で新しいベルを買った。鍛鉄の渦巻きの金具がついた真鍮のベルで、スツールに乗って、ショーナのドライバーでねじ留めした。ショーナはねじを手渡しながら、ついでにドアに蹄鉄も掛けておいたら、と言った。新しいベルも、古いのとまったく同じだけ遅れて鳴った。

ショーナ・ジョージは二つ目の椅子を借りて四年目になり、客はたいてい男だった。漁師や、航空基地の若い隊員や、卒業パーティーを控えた高校生たちだ。土曜の朝いちばんに座ったのはヘリのパイロットで、襟足は三週間でちょうど伸びるはずのぶんだけ伸びていた。そのあとブレントが来た。九月に十三週間の契約でジャポンスキー島の病院へ来たボイシの看護師で、テッサに切ってもらうのは二度目だった。彼女は彼のうなじの髪を持ち上げて、手を止めた。首筋の線は、四週間前に彼女が入れたときのまま、くっきりと鋭く、指先には伸びかけの毛一本触れなかった。

「あなたも、わたしと同じ」と彼女は言い、自分の声がかすれているのを聞いた。一瞬、本気で、これはうつるもので、秋の風邪と一緒に町じゅうに広がっているのかもしれないと思い、それから笑った。ブレントは肩をすくめて、じゃあ腕がいいってことだよと言い、チップに十ドル置いていった。

土曜の残りは、椅子に座る客を片っ端から確かめた。誰の髪も、月に一センチちょっとというふつうの速さで伸びていて、若い人は速く、年配の人はゆっくりだった。それから彼女は、九月から爪にやすりをかけていないことに気づいて、鋏を宙に浮かせたまま、長いこと自分の指を眺めていた。

夕方近く、ショーナが言った。「今日のあんたの返事、まき網船に乗ってるおじさんと衛星電話で話してるときみたい」

ショーナは自分の椅子のまわりを掃きながら、もっぱら自分のことを話していた。息子はフェアバンクスの大学に行きたがっていて、連邦の学資援助の申請書は春までに出さなければならないのに、質問の半分は会計士を雇っている人向けに書かれている。学校のカウンセラーのところへは三週間前から行こうと思いながら、まだ行けていない。明日は丘には行かない。明日はおばさんたちのところだし、だいたいあれは観光客とロレインのための祭りだ。それから、バリカンの毛を吹き飛ばしながら、「毎年おんなじ。売るほうがいて、買うほうがいて、うちらのほうには一度も誰も聞きに来なかった」と言い、同じ調子のまま、店の賃貸の話は考えてくれたかと聞いた。テッサがいつか本当に出ていくことになったら、椅子もベルも込みで、店ごと借りたいのだという。

ほうきにもたれて返事を待っているショーナが、テッサには見えていた。けれど答えたのは、ショーナがもう向こうを向いてからだった。夜、彼女はドアに鍵をかけ、ベルが鳴るのを待ってから、長いこと自分の椅子に座って鏡に向かっていた。ヘリのパイロットも、年配の女性客も、卒業パーティーを控えた男の子たちも、髪はいつもどおりに伸びていて、止まっているのは彼女と、あのアイダホから来た看護師だけだった。看護師のことは、もう考えないようにしていた。こめかみの白髪はやはり出てこず、テッサは明かりを消す前に、もう一度、左側を鏡に向けた。

日曜は六時半に店を開けた。歴史再現に出る女たちが、濡れた傘とカバーに入れたドレスを抱えて一人ずつやって来て、テッサは彼女たちの髪を一八六〇年代に仕立てていった。額から頭頂までまっすぐな分け目、耳にかぶせてなでつけた髪、うなじにネットをかけたまとめ髪、それにピン、たくさんのピン。いちばん若い、小学校の先生が、前髪を残してもいいかと聞いたので、テッサは、前髪がはやったのは六七年の十年くらいあとだと答えた。ロレインははじめからドレス姿で来た。ドレスは、ナフタリンと、去年の十月からしまわれていた長持の匂いがした。昼ごろ彼女はもう一度駆けこんできて、ルーテル教会のバザーのルバーブパイをまるごとカウンターに置いていった。テッサがルバーブを食べないことは知っていたのに。

朝十時からリンカーン通りは駐車禁止になり、オレンジのコーンが並んで、窓の外の通りは広々とからっぽになった。一時半、そこをパレードが通った。テッサは冷めたコーヒーを手に戸口に立って眺めていた。学校のブラスバンドが、退役軍人たちが、アンテナに小旗をつけた古い車が、キルトを着たシアトルのバグパイプ隊が過ぎていき、山車からは子どもたちにキャンディが投げられた。大太鼓が五メートル先を通った。ばちが皮を打つのが見え、その音が聞こえたのは、鼓手がさらに二歩進んでからだった。沿岸警備隊のオレンジ色のヘリが屋根すれすれに飛んでいき、そのローターの音が届いたのは、ヘリ自体がもう橋の上まで行ってからだった。テッサは音速のせいだと自分に言い聞かせたが、五メートルなら、音はまばたきより速く届く。

頂上へは、みんなと一緒にスロープを上った。誰も読まない案内板の前を過ぎ、ロレインは冷たい手でテッサの腕をとり、もう片方の手でスカートの裾をつまんでいた。上は湾から風が吹きつけ、胸壁には古い大砲が並び、雨合羽を着て子どもを肩車した人たちがぎっしりと詰めかけていた。借り物のフロックコートを着た中尉が、風に持っていかれないよう紙を両手で押さえて、何かを読み上げていた。ロシアの旗が下りはじめ、途中で引っかかって、人々が笑った。ロレインがテッサの耳元で、あのときもこうだったのよ、水兵が旗竿によじ登らなきゃならなかったの、とささやいた。旗が外れてずるずると下り、アメリカの旗が上がっていった。四時に先生がまとめ髪をほどいてもらいに来ることになっていたので、間に合うかどうか見ようとスマホを出すと、画面には15:30と出ていた。青い軍服の兵士たちが一列にマスケット銃を構えた。端のひとり、まだほんの少年の肘が震えているのが、テッサの目に入った。

丘じゅうが、いっせいにびくりとした。肩が、帽子が、フードが揺れ、前の女の人のカップからコーヒーがはねて手袋にかかり、手すりからカモメが飛び立ち、白い煙が頭の上を横へ這っていった。テッサに聞こえたのは、旗竿にこすれるロープの音だけだった。

楽隊がラッパを構え、まわりの人たちがいっせいに歌いだした。開いた口がいくつも見え、ロレインが胸に手を当て、風に目をうるませて歌っているのも見えた。聞こえたのは、ロレインのペチコートの衣ずれと、旗の端がはためく音だった。それからシルクハットの男がマイクで、州の名前を合衆国に加わった順に読み上げはじめ、名前がひとつ読まれるたびに隊列が撃ち、そのたびに丘がびくりとした。テッサは十二まで数えてやめた。後ろで誰かがピロシキの包みを開けていた。

丘じゅうが歓声をあげたとき、まわりで帽子が振られ、父親に肩車された男の子が大きく口をあけるのが見えたが、聞こえたのは、隣でロレインが鼻をすする音だけだった。大丈夫かとロレインに聞かれ、テッサはその問いを聞き取って、寒くて、と答えた。

その夜、彼女は床につかなかった。コンロの上の小さな電球だけをつけた台所で、電気料金の請求書を前に座っていた。シトカではよくあることで、彼女の部屋も暖房をその電気でまかなっていた。染料の仕入れ先を替えたら一日までにいくら残るか、計算していた。二十三時四十一分、窓ガラスが震え、テッサは全身でびくりとして、マグカップの紅茶が請求書にはねた。

下の店で、棚に並んだ染料の瓶が細く鳴った。丘のほうから、遠くくぐもった楽隊の音が届き、何百人もの人が国歌を歌いだした。それから二度目の斉射が来て、三度目が来て、等しい間をおいて次々と続き、そのたびに下の瓶が応えた。テッサは数えていたが、三十いくつかのあたりでわからなくなり、立ち上がって窓を開けた。

リンカーン通りは濡れて人けがなく、街灯は水たまりの中に立ち、通りの先の広場には霧雨がかかっていた。丘から歓声が流れてきた。丘じゅうが叫び、子どもたちが金切り声をあげ、誰かが指笛を鳴らしていた。通りの窓はひとつも明かりがつかず、ごみ収集車が来るたびに吠える隣の犬も黙っていた。何もかも静まったあと、最後に丘から笑い声が届いた。引っかかった旗を見て、人々があげたあの笑い声だった。

テッサは窓を閉め、請求書の端の、紅茶のしみの横に、学校で習ったとおりの筆算で、二十三時四十一分から十五時三十分を引いた。八時間十一分になった。彼女はしばらくその数字を見つめて座っていた。どうせ電気代はまるまる払わなければならないことや、感謝祭には母から電話があって、またシアトルのことを聞かれるだろうことを考えた。

月曜は州の休日だった。アラスカ・デーが日曜から振り替えになったのだ。けれどテッサは、いつもの月曜と同じように九時に店を開けた。九時半に、ショーナが土曜に忘れていった鋏を取りに来た。ドアが閉まり、テッサはベルが鳴るのを待って、それからやっと、おはようと言った。

ショーナの話では、きのうはおばさんたちのところで夜中まで過ごし、おばはまたテレビと言い合いをして、息子は友だちと釣りに行き、魚も釣れずに上着までなくして帰ってきたという。それから彼女は口をつぐみ、テッサを見た。「もう三日もそんなだよ。あたしが話してるのに、あんたは突っ立って、何か待ってる」。ジャポンスキー島の病院に行って、せめて耳と甲状腺くらいは診てもらいなよ、いっそ一週間休んで、そのシアトルとやらにいいかげん行ってきな、と彼女は言った。「あんたの椅子なら、あたしが見とく。たいしたことじゃないし」。早口で、そのあいだテッサのほうは見ずに、二つ目の鏡や、染料の棚や、パイのほうを見ていた。その声にテッサは、心配と一緒に、ショーナがもうここに自分の瓶を並べはじめているのを聞き取った。

テッサは、水曜にカラーが三件入っていると答えた。

ショーナが帰り、ベルが鳴ったのは、彼女がもう窓の下を通り過ぎてからだった。テッサは小さなボウルで5Nとオキシを混ぜ、手袋をはめ、自分の椅子に座って、刷毛で一束ずつ、分け目に沿って、ありもしない根元に薬剤を塗っていった。タイマーを二十五分にセットし、そのあいだずっとスマホには触れずに、鏡の中の黒いままの左のこめかみと、人けのないリンカーン通りでパレードのキャンディの包み紙を風が転がしていくのを見ていた。

夕方、日が沈んでから、彼女はキャッスル・ヒルに登った。上には誰もおらず、胸壁の大砲が濡れて光り、海の向こう、エッジカム山の上には、まだ明るい帯が残っていた。西の低いところ、山のすぐ上に、細い月がかかっていた。ほとんど糸のようで、先週の月曜の晩、ごみを出しに出たときに見たのと同じ形だった。テッサは月が山の向こうに沈むまで立っていて、それからリンカーン通りを歩いて家に帰った。

冷蔵庫に貼ってある金物屋のカレンダーでは、十八日のところに半月の印がついていた。