資料番号 № 0008
拾いもの
1. サウス・ウォリックシャー古戦場調査会。会員心得(抜粋)
探索は私有地でのみ行い、土地所有者の書面による許可がある場合に限る。許可は会に対して出され、参加者の名前が一人ずつ記される。国防省の敷地は立ち入り禁止である。いかなる場合も入ってはならない。犬を連れ戻すためであっても同様である。
発見物はすべて記録帳に書く。日付、区画、深さ、内容。発見物は世話役に渡す。世話役は発見物連絡担当官を通じて、ポータブル・アンティークィティーズ・スキーム(PAS)の全国データベースに届ける。帯状の区画は、縦と横の両方向に歩いた時点で探索済みとする。
夜間の探索は禁止する。夜に掘る者はナイトホーク(夜間の盗掘者)とみなし、会は以後その者と活動しない。
世話役、ギャヴィン・ターナー。
2. O・プライスの発見記録、2025年10月(抜粋)
10月4日、土曜。ピカリングの畑、下の区画、生け垣沿いの帯。マスケット銃の弾丸、鉛、白い酸化の皮膜あり、深さ19センチ。真鍮のボタン。縦横に歩いた。閉じる。
10月5日、日曜。古い樫のそばの帯。弾丸二つ、一つは片側がつぶれている。蹄鉄。閉じる。
10月14日、火曜、配達のあと。また生け垣沿いの帯。反応のいちばん端に弾丸、深さ22センチ。この帯は4日に閉じている。
15日。同じ場所で弾丸二つ、地表から手のひら一枚ほど。
17日。同じ場所、刈り株の上に弾丸。上は乾いていて、下に土。
3. O・プライスとG・ターナーの電子メール
プライス、10月17日21時40分。 ギャヴィン、やあ。記録を添付する。自分で自分が信じられなくなってきたからだ。生け垣沿いの帯は4日に閉じた。俺の歩き方は知ってるだろう。ゆっくり、縦横に、コイルは低く。火曜に縁を確かめるだけのつもりで行って、反応のいちばん端から弾丸を一つ抜いた。それから毎日同じことが続いている。ただ、少しずつ浅くなる。今日は刈り株の上に転がっていて、危うく踏むところだった。弾は本物で、古くて、皮膜もある。お前もこういうのは百は見てるだろう。郵便局ではまた、俺の配達区をカイントンと統合するという話が出ている。月曜にピカリングから、コテージの賃貸を更新するかと聞かれた。書類には24日の金曜、6時に彼の家で署名する。彼の言い方では「そっちに何も問題がなければ」だ。問題ないと答えた。郵便局のところにいる赤毛の犬が、最近俺に吠える。二十年、ポケットにビスケットを入れて持っていってやっているのに。今月のコテージ代は期日どおりに払ったし、車の金も春までは足りる。心配しないでくれ。俺は大丈夫だ。あの生け垣沿いの帯のこと以外はな。
ターナー、10月18日8時12分。 おはよう、オーウェン。順番にいこう。霜のない十月に凍上は起きない。八月から畑は耕されていない。だから人間だ。誰かが自分の箱の古い弾を埋めて、ほかの者が喜ぶのを眺めている。集まりではよくあることだ。酸化した弾なら、会の半分がビスケットの缶に入れて持っている。土曜にみんなで回して見た、歯形のついた僕のやつも、実はまだ缶の中に見つからない。確かに自分で入れたはずなんだが。君の4日と5日の発見物はもう届けた。担当官は何も聞かずに記録した。酸化の具合は正しい、三百年くらいだと言っただけだった。それから、深さをこんなにきちんと書くのはうちの誰かと聞いてきた。君は一人で、しかも毎日あそこへ行っている。悪いが、はたから見ると妙だ。こうしよう。23日の木曜、朝10時に、会の発見物をウォリックの発見物連絡担当官のところへ持っていく。14日以降に掘り出したものを全部持ってきてくれ。持ってこないなら、ピカリングの許可から君の名前を外すしかない。そうしないと、彼は全員の許可を取り消す。
プライス、10月19日22時5分。 持っていく。だが昨日のことを聞いてくれ。ピカリングが車で通る畑の道を歩いたら、轍に弾が転がっていた。十一個、だいたい四十歩おきに一つ、門の手前までずっとだ。門の外は道路で、車が走っているだけだった。そして今朝、一つがうちの木戸の前にあった。あの門からうちまでは一マイル以上ある。その間には一つもなかった。足元を見ながら二回歩いたんだ。夜、台所に座って箱を前に置き、そのまま真夜中まで座っていた。何年も新入りに教えてきた。地面から出てきたものは歴史のものだと。まあいい。人間の仕業なら、見つけてやる。バンベリーで、アナグマを撮るために木にくくりつけるカメラを買った。木戸に掛けるつもりだ。
プライス、10月21日6時50分。 カメラは二晩掛けておいた。何にでも反応する。猫にも、ハリネズミにも、ゴミを出しに行く俺にも。最初の夜は写真が三枚。猫、猫、狐。朝6時、木戸の前に弾があった。なのに一晩じゅうの写真では、小道に誰もいない。それで、最初からやるべきだったことをやった。昨日の配達のあと、箱を持って下の区画まで車で行った。四十個全部だ。それを生け垣沿いの帯に埋め戻した。同じ深さ、20センチに。土をかけて、踏み固めた。もう暗くなりかけていた。ピカリングが四輪バギーで通りかかって、俺を見て、手を振らなかった。俺は移植ごてを持って、刈り株の中に膝をついていた。はたから見たら、祈っているようだっただろう。返したんだ。今朝、弾は木戸の前にあった。全部、ひと山になって、乾いていて、下に土がついていた。その上にもう一つ。四十一個だ、ギャヴィン。二回数えて、箱に戻した。カメラは一晩じゅう一度も反応しなかった。
ターナー、10月21日9時30分。 オーウェン、発見物を埋め戻したのか? それをウォリックで説明するのは僕だとわかってるのか? まあいい。木曜、朝10時、うちのガレージ。あるものは全部。それから、22日から23日にかけての夜は畑に行くな。何の日かわかってるだろう。毎年ライトやカメラを持った連中が来る。君があそこで誰かに撮られるのは困る。
プライス、10月22日23時10分。 行かない。もう何も探さないし、何も確かめない、ギャヴィン。探知機は充電して、階段下の物入れにしまって鍵をかけた。鍵はコンロのそばの釘に掛けた。箱はガムテープで封をした。四十一個全部だ。朝忘れないように戸口に置いてある。木曜の10時にはそっちへ行く。金曜の6時にはピカリングの家で賃貸に署名する。シャツはもうアイロンをかけた。このコテージには2005年から住んでいる。先代のピカリングのころからだ。毎年秋には、あの家の畑で最初に出たものを届けている。去年は靴のバックルだった。ピカリングの奥さんはそれをコンロの上の釘に掛けて、騎兵のものだと客に話している。もう寝る。6時から仕事だ。
4. J・ピカリングから隣人マギー・コールダーへの音声メッセージ、10月22日から23日にかけての夜(書き起こし)
午前0時31分。 マギー、起きてるか。犬が遠吠えしてる。羊を見てくる。下の区画に明かりがある。またカメラの連中だ。何かあったら電話する。
午前0時36分。 門のところにいる。マギー、大勢いる。列になって立ってる。きっちり、整列したみたいに。誰もしゃべらない。明かりは上から来てる。空から、低くて、むらのない光だ。連中の手には何もない。百人か、もっといるかもしれない。俺はこれ以上近づかない。
午前0時37分。 マギー、ここは静かだ。まったく音がない。風も、カラスも、道路の音もない。聞こえるのは自分の息と、何かの電子音だけだ。細い音で、隣の部屋の目覚ましみたいな。
午前0時39分。 一人、ヘッドライトをつけて歩いてるやつがいる。金属探知機を持ってる。ピーピー鳴ってるのが聞こえる。列のあいだを歩いて、かがんで、小さいこてで連中の足元を掘ってる。マギー、プライスだ。郵便屋の。あの青いジャケットはあいつのだ。それに、いつもうちの畑を歩くときみたいに、少し斜めに歩いてる。何かを鞄に入れてる。それで、連中はあいつを見てる。みんな下を向いて、あいつを見て、あいつの行くほうへ首を回してる。
午前0時41分。 声をかけた。あいつは振り向かなかった。マギー。連中が振り向いた。全員いっぺんに。全員いっぺんに、俺のほうへ。
午前0時44分。 車の中だ。ドアはロックした。なんでお前にこんなの吹き込んでるんだか。連中には顔がない、マギー。いや、顔はあるんだが、見えない。見えるのは、こっちを向いてるってことだけだ。あいつはまだ掘ってる。ピーピー鳴ってる。かけ直さないでくれ。明るくなるまでここを動かない。手が言うことをきかない。
午前7時10分。 誰もいない。車の跡もない。区画に小さな穴がある。きれいに埋め戻してある。数えた。四十一。羊は上の区画の奥の隅に固まって立ってる。餌箱に寄ってこない。犬は家から出ようとしない。テーブルの下で伏せてる。警察に電話する。それからマギー、これはまだ誰にも転送しないでくれ。プライスとは二十年の付き合いだ。うちのコテージを借りてる。許可も俺が自分で出した。
5. G・ターナーからO・プライスへ、10月23日11時20分
オーウェン、10時半まで待っていた。ピカリングから電話があった。何と言えばいいのかわからない。彼は会全体の許可を取り消した。電話をくれ。
6. G・ターナーによる会のグループチャットへの投稿、10月26日10時15分
みなさん、こんにちは。ピカリングが許可を取り消したので、ラドウェイでの活動は春まで中止になる。もしかすると、このまま終わりかもしれない。22日から23日にかけての夜にあそこへ行った会員がいたら、僕に個別に連絡してほしい。カメラを持っていった人も、ただ見に行った人もだ。どうしても知っておきたいだけだ。10月の発見物は土曜にうちのガレージへ持ってきてくれ。オーウェンのことはそっとしておいてほしい。今、仕事のことで大変なんだ。
7. O・プライスからG・ターナーへの手紙、11月25日5時20分
ギャヴィン、畑のことでお前に書くのはこれが最後だ。返事はいらない。ピカリングが自分のメッセージの写しを送ってきた。警察が来たのは金曜の5時45分だった。俺はアイロンをかけたシャツを着て、署名しに行こうと木戸を閉めているところだった。賃貸は更新されなかった。月曜に手紙が来た。クリスマスまでにコテージを明け渡せとあった。奥さんはバックルを釘から外して、巡査に渡した。俺が二十年かけて届けたほかのものも一緒にだ。巡査はそれを全部、チャック付きの袋一つにまとめた。
あの夜、俺は家にいた。10時半に寝て、6時に目覚ましで起きた。鍵は釘に掛かっていたし、物入れには鍵がかかっていた。探知機は置いたところにあった。ただバッテリーが空だった。満タンまで充電したのに。箱は戸口にあって、俺が貼ったとおりにテープで封がしてあった。持ち上げて、すぐにわかった。軽かった。テープを切ると、中は空だった。だから10時に行かなかった。持っていくものが何もなかったんだ。あとで、弾がどこへ行ったのか考えはしなかった。わかっていたから。ピカリングが数えた穴は、箱に入っていた弾と同じ数だった。
三日間、朝の玄関マットには何もなかった。一週間ぶりのことで、これで終わりだと思いかけさえした。26日から、また毎朝来るようになった。一つずつ。ドアを開けると、マットの上にある。乾いていて、白い皮膜があって、その下でマットが少しへこんでいる。習慣で、同じ記録帳に書きつけている。三時から玄関の丸椅子に座って見張ってみたこともある。それが起こるところは一度も見られなかった。弾は、俺が最後に目を落とした場所にあった。
それから、もう一つ。これが最後の手紙だから書いておく。23日の朝、爪の中に土が入っていた。そのときは、生け垣沿いの帯の土だと思った。箱を埋め戻したあの夕方の土だと。今もそう思っている。
配達区は統合された。12月からは仕分けだ。郵便局の犬はもう吠えない。今は俺が通ると腹ばいになって、這って配達車の下にもぐる。会で聞かれたら、プライスはやめたと言ってくれ。
記録を添える。
記録の最後の数行11月22日。戸口のマット。鉛の弾丸。11月23日。戸口のマット。鉛の弾丸、片側がつぶれている。11月24日。戸口のマット。鉛の弾丸、温かい。
8. ピカリング農場の出納帳、最後の一枚にある書き込み(写しはJ・ピカリングから編者に渡された)
降誕節の土曜、夜半過ぎのこと。われは羊飼いのネッドと丘の下で羊の番をしていた。そして十月にここで戦った者どもを空に見、その太鼓を聞いた。それはおよそ三時間続いた。そこにいたほかの者たちは夜のうちにカイントンへ行き、ウッド殿と牧師を起こして、すべてを誓って申し立てた。のちにロンドンから、この怪異を記した刷り物が届いた。そこには、ありのままがすべて書かれている。ただ一つを除いて。その一つを、われはここに記す。ネッドとわれは、そのことを誰にも語らなかったからである。討ち死にした者たちのあいだを、一人の男が歩いていた。どちらの側にも似ていなかった。短い青い衣を着て、額には小さな火が燃えていた。手には杖があり、地に傾けると杖は歌った。男は死者たちの足もとにかがみ、何かを取っては袋に入れた。死者たちは、仲間を見るように男を見ていた。ネッドが呼びかけたが、男は振り向かなかった。