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資料番号 № 0011

パンキー・ナイト

朗読

0:00 16:48

きみは顔を彫るのが下手だ。それがわかるのは、メイヴィスの台所の、新聞紙を敷いた長いテーブルでのことだ。子どもの頭ほどもある飼料用のビートが目の前に横たわっている。泥だらけで、冷たく、硬くて重い。向かいではメイジーが両の拳に頬をのせて、パパがうまくやるのを待っている。メイヴィスは刃の細いナイフと縁を研いだスプーンを渡した。上を切り落とし、中身を円を描くようにくり抜いて、壁を指一本ぶんの厚さに残すやり方を見せてから、ろうそくを取りに納屋へ行った。中身は湿った桃色の削りくずになって出てきて、土と、どこか甘いものの匂いがする。メイジーはひとつつまんで嗅ぎ、鼻にしわを寄せて笑う。目を彫ってみると、三角でゆがんだ目になり、二つ目は一つ目より大きくなって、メイジーは喧嘩のあとの海賊みたいだと言う。きみは思い出す。子どものころブリストルで、毎年父親とかぼちゃを彫った。父親も顔はうまく彫れたためしがなく、母親がそれを笑っていた。それできみは星にしようと言う。星もゆがむ。一本の角だけがほかより長く、下へ曲がっている。メイジーは、これはわたしの星、特別な星で、こんなのはほかの誰も持っていないと宣言する。

ふたりが来たのは土曜日、学校の秋の中休みの一週間だった。娘の母親は北海のガス田のリグに出て三週目で、勤務は月末まで続く。母親は十一月一日の午後二時、アバディーンからの列車で帰ってくる。そのとき、きみはメイジーとブリストル駅のホームに立っていなければならない。休みはクリスマスのシフトと引き換えに上司から取りつけた。コテージはネットの広告で決めた。写真に暖炉と天井の低い階段が写っていたからで、その天井に最初の晩だけで二度頭をぶつけた。それに、毎晩タブレットの前でリグからの電話を待たずにすむ場所へ、メイジーを連れていきたかった。娘をもう一度知りなおせる場所へ。家で娘のことをわかっていたのはいつも母親のほうで、きみは七時に出て夕食どきに帰ってくるだけだったから。この夏に娘は頭半分背が伸び、「っていうか」と言うようになり、通りできみと手をつながなくなった。いい一週間がひとつあればいい。それだけだ。あとで学校で、パパといて楽しかったと話してくれれば。最初の二日、娘は退屈して、ソファで馬の本をめくり、いつママのリグに電話していいのかと何度もきいた。三日目に道の向かいへ卵を買いに行くと、メイヴィスが娘に歌えるかときいて、パンキーを彫りにおいでと誘ってくれた。

メイヴィスがろうそくを紙袋に入れて戻ってきて、ランタンの壁に針金の取っ手を通すやり方を見せる。七十は過ぎている。道の向かいに農場を持ち、門のそばの台で卵とビートを売っていて、代金は箱に入れていく無人販売だ。きみが針金に手こずっているあいだに、彼女は話す。昔、二百年か三百年前、このあたりの男たちが隣村の市に出かけたまま、夜になっても帰らなかった。酔いつぶれていたのだ。女たちはビートでランタンを彫り、畑を突っ切って男たちを探しに行った。それ以来、十月の最後の木曜日には、子どもたちがパンキーを持って村をまわり、歌ってろうそくをねだるのだという。

「旦那さんたちは見つかったの?」とメイジーがきく。

メイヴィスは、答えるのに要るよりも長く娘を見つめてから、ほとんど全員ね、と言う。

六時には暗くなっている。教会の前に四十人ほどが集まった。ランタンを持った子どもたち、スマートフォンを構えた親たち、交差点で車を止める蛍光ベストの男がふたり。ビートはみんな違う。フクロウや猫を彫った子もいれば、屋根も窓もある村をまるごと彫った子もいる。十一歳くらいの男の子のには車輪と排気管のついたトラクターが彫ってある。中でろうそくが桃色と橙色に燃え、ランタンの壁が透けて、炎の震えるのが見える。メイジーのは曲がった星で、娘は両手で針金を持ってランタンを腕いっぱいに前へ差し出し、黙っている。ここには知った顔がひとりもいないし、まわりの子はみんなサマセットの訛りで、r の音を長く引いてしゃべっているからだ。

やがて大人の誰かが歌いはじめ、子どもたちが続く。車の中で、ネットで見つけた録音を聞いてはいたが、生で聞くとずいぶん違う。五、六行しかなく、大声で、ほとんど叫ぶように、節もなく一本調子で、足を踏み鳴らしながら歌う。今夜はパンキー・ナイト、今夜はパンキー・ナイト。ろうそくちょうだい、あかりをちょうだい、ろうそくがなけりゃ一ペニーでいい。アダムとイヴも信じなかっただろう、今夜はパンキー・ナイト。二周目でメイジーの唇が動きはじめ、三周目で歌いだす。小さな声で、歌詞を取り違え、「信じなかっただろう」のところを「ぜったい信じない」と歌うが、誰も直さない。それからだんだん声が大きくなる。家並みが途切れて生け垣が始まる通りの端まで来るころには、みんなと一緒にアダムとイヴを叫んでいる。そしてきみに聞こえているか確かめようと振り返る。

聞こえている。きみは列の後ろを、少し脇に寄って、上着のポケットに手を入れて歩きながら思う。これだ、この一週間だ、クリスマスのシフトも上司との話し合いも、このためだった。この通りと、この桃色の明かりのために。

教会からパブへは小道を行く。人の背より高い生け垣にはさまれた狭い道で、街灯はひとつもなく、足もとでぬかるみが鳴る。明かりが一列に伸びて、前には子どもの腰の高さで揺れる桃色の光しか見えない。二十、三十、どれも同じ光と、親たちの暗く広い背中。メイジーはすぐ前を歩いていた。きみは足もとを見て水たまりをよけ、顔を上げる。目の前にいるのはトラクターの男の子だ。

きみは娘の名を呼ぶ。小さく。それから大きく。前の明かりは揺れつづけ、歌はまた一巡し、誰も振り向かない。ふたり、三人と追い越し、下から照らされた顔をのぞきこむが、どれも知らない顔だ。みんなビートを持っていて、小道の暗がりでは星もフクロウも、角の曲がった星も見分けがつかない。きみは前へ押し進み、誰かの肩にぶつかって謝り、子どもを見失った人が叫ぶあの叫び方で叫ぼうと息を吸いこむ。そのとき、メイジーがきみの手を取る。

娘はすぐ横、左側に立っている。ランタンを右手に提げて、落ち着いている。どこにいたのかときくと、ここにいた、フクロウの子のあとをついていったのと答え、どうしてそんな顔をしてるのとききかえす。きみは「なんでもない」と言って娘の指を握る。娘は手を引っこめない。それがうれしくて、きみはもう何もきかない。

パブの前で行列が止まり、主人が子どもたちに菓子の袋を持って出てくる。メイジーがランタンを放さずに袋へ手を伸ばすのを、きみは見ている。主人がこの曲がった星は誰のだいときくと、メイジーはわたしの、特別なのと言って、菓子をひとつ余分にもらう。きみは誰かに押しつけられた一パイントのグラスを手にパブの戸口に立ち、娘の写真を撮る。写真の娘は笑っている。きみはそれを何も書き添えずにリグへ、母親へ送る。返事は四十分後、向こうに電波が届いたときに来る。「あの子があんなに楽しそうなの、夏から見てなかった」

帰りも同じ小道を行く。最後の家のところで道は曲がり、そこで左の生け垣が途切れて、向こうに畑がひらける。真っ黒で、地平線まで明かりはひとつもなく、丘の上に幹線道路の照り返しがかすかに立っているだけだ。畑からは湿った土の匂いがしてくる。台所で桃色の削りくずが匂わせていたのと同じ土だ。子どもたちはろうそくとあかりの歌を歌っている。隣のメイジーも歌っている。肘のあたりで娘の声が聞こえる。細くて、夜も遅くなって少しかすれている。

アダムとイヴの行で、歌が途切れる。すべての声が同じ音節でいっせいにやむ。子どもたちも親たちも、みんな。小道はしんとして、ビートの中でろうそくがはぜる音や、生け垣からしずくの落ちる音まで聞こえる。明かりが揺れるのをやめる。見れば、みんなが立ちどまって同じほうを、畑のほうを見ている。前のほうの者たちはろうそくで桃色に染まった顔をこちらへ向け、黙っている。

その静けさの中、生け垣の切れ目の向こうの暗がりから、黒い畑から、メイジーの声がその行を歌いおえる。細く、少しかすれて、三周目に娘がしたのと同じ間違いのまま、「信じなかっただろう」のところを「ぜったい信じない」と。隣の女の子は黙っている。きみの手のひらの中にその指がある。乾いて、冷たい。女の子は歌っていない。口を閉じている。きみは上から見下ろして、それを見ている。

やがて前の誰かが笑い、大人のひとりが「さあ、もう行こう、行こう」と言い、歌がまた最初の行から始まって、明かりは揺れながら角の向こうへ消えていく。近所の誰も、きみのほうを見ない。メイヴィスがランタンも持たずに最後の家のそばに立ち、きみが手を引いている女の子を見て、何も言わない。

きみは畑へは行かない。手をいっそう強く握って、家へ帰る。

家に着くと、きみは湯を沸かし、明かりを全部つける。メイジーはソファで膝掛けにくるまり、パブの菓子をひとつずつ食べている。包み紙を丁寧にはがしては、小さな四角にたたんでいく。流しで手を洗ってやると、娘の手は乾いている。すっかり乾いている。ひと晩じゅう濡れたビートを持っていたのに。そして冷たさと土の匂いがして、ラベンダーの石けんで二度こすっても、その匂いは消えない。娘はされるままになって、きみを見ている。

きみはブリストルのことを、それとなく、さりげなくきいてみる。娘は全部覚えている。先生の名前も、家の門の暗証番号も、隣の家の猫が掃除機をこわがることも。星を一緒に彫ったのは覚えているかときくと、娘は少し考えて、覚えていないと言う。星はもうあった、と言う。

パンキーは窓辺に置いてある。十一時にろうそくを吹き消す。真夜中、水を飲みに下りていくと、ろうそくは燃えている。まっすぐに、高く、夕方台所で見たときと同じ長さで。

朝、娘はずっと嫌っていたオートミールを食べる。一皿全部食べて、ごちそうさまと言う。きみはスプーンを持ってコンロの前に立ったまま、なんと言えばいいのかわからない。夜のあいだに二度、娘の部屋をのぞいた。二度とも娘はあおむけに、まっすぐ、両手を布団の上に出して眠っていた。家では、覚えているかぎり、丸まって枕に顔をうずめ、布団を床へ蹴り落としていたのに。

三十日の午後、きみはひとりで道の向かいのメイヴィスを訪ねる。メイジーはテーブルで絵を描いていて、きみは外から鍵をかける。娘を閉じこめたことなど一度もなかったのに。メイヴィスは卵の台のところにいて、ほとんど全員とはどういう意味かときくと、長いこと卵のパックを並べなおしている。それから言う。夜明けまでに畑で探してもらえた男たちは見つかった。誰も探しに行かなかった男たちは、女房たちが道ばたから家へ連れて帰った。とてもいい亭主になったよ、おとなしくて、二度と酒に手を出さなかった。「あそこで歌っているうちは、まだ行けるよ」と彼女は言い、きみがまだ払っていない卵のパックを差し出す。

三十一日、メイジーは朝から、今夜もまた行くのかときく。ハロウィンだから村じゅうが家をまわるの、パンキーを持っていって、あかりを渡さなきゃ。誰に渡すのかときくと、娘は肩をすくめて、そういうものなの、そう言われたの、と言う。

きみは「だめだ」と言う。今夜は家にいよう、映画を見て、暖炉に火を入れて、ヨーヴィルからピザを取ろう、と言う。娘はすぐにうなずく。言い返しもせず、手を洗わせたときと同じ、なめらかな素直さで。ひと晩じゅう、仮装した子どもたちが戸をたたき、きみは開けない。玄関の明かりを消し、娘とソファに並んで、娘がもう見たことのあるアニメを見る。娘は笑うべきところで笑う。きみは娘を見ていて、前に娘がどんなふうに笑っていたのか思い出せないことに気づく。気にとめたことがなかったのだ。スマートフォンに八月の動画がある。ウェストンの浜辺で、娘が波から逃げて金切り声をあげている。音を消して再生し、それから音を出して、ごく小さく、スピーカーを手のひらで覆う。メイジーは悲鳴のほうへ顔を向け、落ち着いた、興味深そうな目で画面を見る。

「これ、わたし?」と娘はきく。

真夜中近く、村の向こうの畑で誰かが歌っている。遠く、細く、ひとりの声で、足踏みもなく、あの歌を。「ぜったい信じない」の行のまま。きみは立ちあがって戸口へ行き、鍵を確かめる。九時にもうかけてあるのに。メイヴィスは言った。あそこで歌っているうちは、まだ行ける。きみは玄関に立ってドアノブを握り、開けない。風の音だ、誰かよその子がまだ寝かしつけてもらえずにいるんだ、八つの子どもの声なんてみんな似ている、と自分に言い聞かせる。二階で眠っている子のことを考える。通りで手をつないでくれて、言い返さず、オートミールを食べ、笑うべきところで笑う子のことを。それから、あしたの二時にこの子とホームに立つことを考える。三週間タブレットの画面でしか娘を見ていなかった母親が列車を降り、娘の前にしゃがんで、その顔をのぞきこむ。歌が終わったとき、きみはドアノブから手を放す。メイジーは二階で眠っている。窓辺のろうそくは燃えている。

十一月一日の朝、農場が届けてくれる牛乳を取りにドアを開けると、玄関先の瓶の横に、二つ目のパンキーが置いてある。同じビートだ。濃い桃色で、脇に土がついている。そこに同じ星が彫ってある。ゆがんで、長い角が一本、下へ曲がっている。メイヴィスの台所で、きみ自身がナイフを滑らせて曲げてしまったあの角だ。中からはろうと冷気の匂いがする。きみは針金をつかんで持ちあげ、星の穴から中をのぞく。

中のろうそくは、底まで燃えつきている。