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資料番号 № 0013

七号針

朗読

0:00 20:31

17:58 終了まであと二時間

バーブ・ノヴァクは受付カウンターに、電池式のライトが入ったプラスチックのカボチャを二つ置く。医療施設では火気が禁止されているからだ。その横に、受付係のテイラーが昼に印刷した貼り紙を立てる。ハロウィーンのお菓子を無料でX線検査します、六時から八時まで、袋をお持ちください。駐車場には、もう街灯がともっている。メイン・ストリートでは、救急クリニック「バレー・エクスプレス・ケア」のガラス扉の前を、仮装した最初の子どもたちが通っていく。お姫さま、骸骨、それに緑の恐竜の着ぐるみを着た小さな子が、父親に迷子防止のハーネスでつながれて歩いている。

バーブは放射線技師だ。人を撮るようになって二十九年、お菓子を撮るようになって九年になる。親会社が、いい宣伝になると決めた年からだ。毎年バーブはこれで最後にしようと思い、毎年自分からこのシフトに名前を書く。ピッツバーグにいる大人になった息子は、これを「母さんのちっちゃな縁日」と呼ぶ。子どもたちが画面をのぞきこみ、灰色に透けた自分のお菓子を見て、チョコは写るのかと聞くのが、バーブは好きだ。バーブは毎回、X線はチョコには興味がない、金属にしか興味がないのだと答える。それは本当だ。毒や錠剤はX線には写らない。親たちがほんとうに恐れているのはそっちだ。それでもバーブは毎年二時間、この台の前に立つ。

今夜のシフト責任者で、ナースプラクティショナーのプリヤ・ラマンが、コーヒーを手に通りかかる。去年は一晩で、事務用のクリップが一つと、キャラメルアップルに入った乳歯が一本見つかっただけだったと言う。その歯は、袋を持ってきた女の子本人のものだった。りんごをかじったときに抜けたのだ。プリヤは急いでいる。家では蜂の仮装をした子どもが二人待っていて、八時になったら近所へお菓子をもらいに連れていくのだ。その話なら知っている、とバーブは言う。あの画像を撮ったのはバーブ自身だった。

18:20 残り一時間四十分

列は入口からウォーターサーバーまで延びている。バーブは、蜂の仮装をした六歳の女の子から袋を受け取る。女の子の頭には、カチューシャの触角がついている。バーブは袋をテーブルに平らに置き、手のひらでならす。お菓子が二段に重なると、画像がごちゃごちゃになるからだ。そして仕切りの陰に入る。カチッと音がして、一秒後、画面に灰色の散らばりが映る。チョコバー、棒つきキャンディ、包み紙に入ったグミのクマ、アルミ箔の白い四角。左端近くのチョコバーの中に、針が一本ある。

針は細く明るく、長さは四センチほどで、片端に糸を通す穴がある。あまりにはっきり写っているので、バーブは最初、検出器の傷だと思う。ちょっとよく見てみますね、と女の子と母親に声をかけて、バーブはテーブルへ出る。手袋をした手でチョコバーをとり、メスで縦に切る。ヌガー、ピーナッツ、チョコレート。ほかには何もない。バーブはチョコバーを横に五つに切り、一つずつ指で押しつぶす。針はない。

チョコバーを抜いて、袋をもう一度撮る。今度は針が別のお菓子に入っている。右端近くの、箔に包まれたチョコの卵の中で、穴を上に向けている。

女の子の母親に声をかけられるまで、バーブは画面を見つめて立っている。今日は機械の調子が悪いのだと、バーブは答える。アーチファクトで、検出器が熱を持つと起きるのだと。そして袋を返す。それから、どこを回ってきたのか、念のためにと聞く。声はふだんどおり平らな、仕事の声になる。リッジ・ストリート、と女の子が答える。あそこは大きいのをくれるから。

18:44 残り一時間十六分

マーサー・ブリッジにリッジ・ストリートは一本しかない。聖ヤドヴィガ教会から丘を上がり、古いガレージの前で行き止まりになる。バーブはその通りの十一番地で育った。母がその家を売ったのは一九九〇年だ。バーブはもう二十年、リッジ・ストリートを通っていない。遠回りになっても、ミラー・アベニューを使う。なぜなのか、バーブはもう長いこと自分に問わずにいる。

母の針山は、今もバーブの家にある。ミシン台の引き出しの中で、その引き出しを、バーブは葬式の日から一度も開けていない。針山は赤いフェルトでトマトの形に縫われていて、色はあせてピンクになり、緑のフェルトのへたがついている。そこに、母が号数ごとにきちんと挿した針が並んでいる。

バーブは次の袋を撮る。その次も、さらに八つ撮る。どれもきれいだ。そこへ、ホッケーのゴーリーのマスクをかぶった男の子が、半分ほどお菓子の入った枕カバーをテーブルに置く。画像では、針が棒つきキャンディの硬い玉の中にある。そんな場所に針が入るはずはない。どこを回ったのかとバーブが聞くと、男の子は、リッジ・ストリートから始めたと答える。家がくっついて建っているから、早く回れるのだ。

今度は、バーブはキャンディを切らない。トレーを九十度回し、枕カバーを横向きにして、もう一度撮る。針はタフィーに移っている。バーブがトレーをさらに回すと、針はゼリーの中へ移る。そこでバーブは枕カバーのお菓子をテーブルにあけ、どの家で何をもらったかを男の子に聞く。男の子は全部は覚えていない。けれども、キャンディとタフィーとゼリーのことは覚えている。三つとも同じ家でもらった。通りのいちばん上の、ポーチのカボチャに電飾が巻いてある家だ。バーブはその家を知っている。

19:05 残り五十五分

七時までに、四十袋のうち六袋で針が出る。どの袋でも、針はリッジ・ストリートのいちばん上でもらったお菓子に入っている。受付のテイラーは十九歳で、眉にピアスをしている。マーサー・ブリッジの保護者グループでクリニックのページを担当していて、三十分ごとに、異常なし、どうぞお越しください、と書きこむ。テイラーは退屈していて、書きこみへの返事をバーブに読んで聞かせる。バーブが面白がると思っているのだ。

誰かが、メイン・ストリートのクリニックで何か見つかったらしいと書く。誰かが、どの通りかと聞く。誰かが、母親から聞いた話を書く。八二年にリッジ・ストリートのばあさんがポップコーンに針を刺して、新聞にも載ったのだという。誰かが、そのばあさんはどの家に住んでいたのかと聞き、誰かが番地を書く。十八番地。たぶんコヴァルチク家の家だ、とテイラーが言う。赤ちゃんがいて、上のお姉ちゃんとは学校でいっしょだった。

「クリニックのことは、営業時間のほかは何も書かないで」とバーブは言う。

「書いてません」とテイラーはむっとして答える。

一九八二年のことを、バーブは先週のことよりよく覚えている。その年の九月、シカゴで誰かが薬局の薬に毒を入れた。秋のあいだずっと、テレビは、ハロウィーンに子どもが死ぬと言っていた。八年生の担任は、りんごに刺さったカミソリの刃の写真をクラスに見せた。バーブは十三歳だった。リッジ・ストリートのいちばん上、十八番地には、ドンブロフスキ夫人が住んでいた。一人暮らしの未亡人で、どんな天気でも丈の長いウールのコートを着て、頭にスカーフをかぶっていた。夫人は毎年、子どもたちのためにポップコーンボールを手作りし、ワックスペーパーで包んでいた。バーブの母はドンブロフスキ夫人を嫌っていた。夫人が聖ヤドヴィガ教会に通っていなかったからだ。

八二年のハロウィーンに、バーブは母のトマトから針を一本抜き、ドンブロフスキ夫人にもらったポップコーンボールに刺した。そして夕食のとき、刺さったと叫んだ。そのあとは、台所に警官が来た。新聞には、ボールを掲げたバーブの写真が載った。担任はバーブをクラスの前に立たせた。ドンブロフスキ夫人の家の窓には卵が投げつけられ、それきり誰も夫人の門に近づかなくなった。夫人は一九九三年に亡くなり、すぐには見つけてもらえなかった。

19:23 残り三十七分

プリヤが仕切りの陰をのぞき、機械はどうしたのか、なぜ列が外まで出ているのかと聞く。バーブは画像を見せる。プリヤは長いあいだ見てから、検出器の欠陥に見えると言う。画素欠けが線になっている。よくあることで、明日保守業者に連絡すればいい。袋はどのみち返さなければならない。お菓子そのものには何も入っていないのだから。バーブが切って確かめたのだ。

「穴を見て」とバーブは言う。

どの穴、とプリヤは聞く。プリヤには、画像の明るい線しか見えない。バーブには、どの画像でも穴が見える。端にある、小さな暗い楕円だ。母が窓辺で糸を通していた針と同じだ。母は目を細め、糸の先を歯にくわえていた。

列が進む。バーブは撮り、返し、また撮る。蜂の女の子が二度目に来る。同じ袋を持ち、母親もいっしょだ。母親は袋をテーブルに置き、「もう一度撮ってください」とだけ言う。バーブは撮る。針は右端近くの、虫の形のグミの中にある。そしてその穴には、一度目にはなかった糸が通っている。

19:40 残り二十分

廊下からキャラメルの匂いがしてくる。親の一人が、お祭りで買ったキャラメルアップルを看護師たちに差し入れたのだ。バーブは宇宙飛行士の仮装をした男の子の袋を撮る。きれいだ。次に、おそろいのマントを着た双子の男の子の袋を撮る。これもきれいだ。肩が痛む。この仕事の一年目、台の前での正しい立ち方をまだ知らなかったころと同じ痛みだ。列の中に、子どもも連れず袋も持たない女が一人立っている。今日の天気には暑すぎる丈の長いウールのコートを着て、白髪をスカーフの下にまとめている。誰かのおばあさんが孫を待っているのだろう、とバーブは思う。

バーブは双子の画像を画面に出し、拡大して探す。何もない。そのときバーブは、コートの女が自分の肩のすぐ後ろに立ち、画面を見ているのに気づく。仕切りの内側には部外者は入れない決まりだ。コートから、ナフタリンとポップコーンの匂いがする。出てくださいと言おうとして、バーブは口を開く。けれども女はもう、仕切りの陰から出ていくところだ。画像を閉じようとバーブが画面に向き直ると、アルミ箔の白い四角が二つ並んだあいだに、細く暗い溝が見える。トレーのその場所には、何も載っていない。

溝はまっすぐで、長さは四センチほどあり、片端が楕円にふくらんでいる。針の穴がある位置だ。X線の画像では、トレーに載っているものはすべて、何もない場所より明るく写る。ところがこの溝は、何もない場所より暗い。そんなことは起こりえない。一年目からバーブはそれを知っている。アルミ箔の縁には、ときどき暗いハローが出る。箔の輪郭に沿った、細い縁取りだ。この溝はまっすぐで、端に穴があり、二つの四角のあいだに、どちらにも触れずにある。それでもバーブはテーブルへ出る。袋をどけ、画像で溝があったところを、手袋の指でなぞる。プラスチックはなめらかで、傷一つない。バーブは空のトレーを撮る。画像は一様な灰色だ。袋を元どおりに置いて、もう一度撮る。溝はまた、アルミ箔のあいだの同じ場所にある。

綿をかたく詰めた針山から針を抜くと、こういう溝が残る。あの夜、バーブがトマトから抜いたのは七号針だった。いちばんよく使うので、母は七号針をへたのすぐそばに挿していた。その長さを、バーブは自分の指の長さよりよく知っている。双子はテーブルの前で待っている。バーブが聞くと、一人が、プラスキ・ストリートしか回っていないと答える。今夜はリッジ・ストリートへ行っちゃだめだと、ママに言われたからだ。プラスキ・ストリートには、バーブ自身が住んでいる。

バーブは列の横を通ってガラス扉まで行き、メイン・ストリートの右と左を見る。骸骨、お姫さま、電飾を巻いたベビーカーを押す父親、おそろいのマスクの少年が二人。長いコートの女はいない。そんな人は覚えていない、とテイラーは言う。今夜は二百人くらい通ったし、誰かのおばあちゃんだったんじゃないですか。

19:52 残り八分

残りは最後の五袋だ。バーブが最初の三つを撮ると、三つとも針がある。どの針にも糸が通っていて、どれも、リッジ・ストリート十八番地でもらったお菓子に入っている。今その家には、赤ちゃんのいるコヴァルチク家が住んでいる。グループで誰かが、八時を過ぎたらみんなでその家へ行って、どんな人たちか見てやろうと言っている、とテイラーが読み上げる。別の誰かが、スーパーのワイスなら卵は十一時まで売ってる、と答えている。

バーブは仕切りの陰から出る。プリヤは荷物をまとめ、テイラーは受付のパソコンを切っている。バーブは大きな声で言う。列の最後の、カエルの仮装をした男の子を連れた母親にも聞こえる声だ。

「八二年に、ポップコーンに針を刺したのは私。私は十三だった。ドンブロフスキさんは何の関係もないし、リッジ・ストリートに針を刺すおばあさんなんていなかった。コヴァルチクさんの家も関係ない。テイラー、これをグループに書いて。今すぐ、クリニックの名前で、私の名字を入れて」

テイラーがプリヤを見る。プリヤは黙ってうなずく。テイラーはパソコンをもう一度つけ、ゆっくり打ちこんでいく。ドンブロフスキの綴りを聞かれて、バーブは一文字ずつ言う。列の母親はカエルの子の手を引き、撮影を待たずに出ていく。バーブの肩と首と背中から、いっぺんに力が抜ける。カウンターにつかまらなければならないほどだ。人差し指だけが、指先からまん中の関節まで、まだ引きつるように痛む。

最後の二袋はきれいだ。バーブはトレーを回しながら、どちらも三回ずつ撮る。画像には灰色の散らばりと、箔と包み紙しかなく、明るい線は一本もない。最後の画像を、バーブはなかなか閉じない。お菓子を一つずつ拡大していくが、何もない。

20:00 終了

プリヤがX線室の明かりを消し、バーブの肩を抱く。「ほらね、機械も冷えた」とプリヤは言う。「あとのことは月曜に片づけよう。よくやったよ。上には何も言わないから」プリヤは蜂たちのもとへ駆けていく。投稿にもうコメントが四十件ついている、読みましょうか、とテイラーが聞く。読まなくていい、とバーブは答え、テイラーを先に帰す。X線室の戸締まりは自分でする。

20:15

バーブはX線室の明かりをもう一度つける。バッグの電話が震え、バーブはそれを取り出す。テイラーから個人宛てにメッセージが来ている。「バーブさん、グループは読まないでください。あのときも作り話で、今日も作り話だって書かれてます。投稿は消したけど、もうコピーされてました。ごめんなさい」バーブは電話を、画面を下にして机に置く。

毎晩、機械を切る前に、バーブは空のトレーを一枚撮る。今夜の画像も、一様な灰色だ。指はまだ痛む。自分を撮ってはいけない。最初の日に教わることで、二十九年間、バーブは一度もしたことがない。片方の手袋をはずし、その手のひらをトレーに置いて、指を広げる。仕切りの陰には入らず、テーブルの横に立ったまま、もう片方の手でコードの先のボタンを押す。

画面に、灰色の自分の手が映る。骨は、まわりの肉より明るい。人差し指の中に、骨に沿って、針が一本ある。明るく、まっすぐで、穴は指先のすぐそばにある。長さは四センチほど。七号針だ。バーブは親指で指の腹を押す。皮膚は温かく、傷一つなく、その下には何も触れない。

バーブは指を曲げ、手をトレーに戻して、もう一度撮る。新しい画像では、指は曲がっている。その中で針は、曲がり目をまっすぐに横切っている。